やまとのスタッフブログ

お墓のかたち②


まだまだ寒い日はありますが、ようやく雪解けが進み、暖かい日差しを浴びられる天気が増えてきました。

季節の変わり目でもありますので、ウイルス対策はもちろん、免疫力を上げる運動や食事に気を使って体調管理をしてゆきましょう。

さて、今回もお墓の歴史や今の形状になった経緯などを少しお話ししていこうと思います。

社会環境とお墓

それまで公家や豪族しか建てられなかったお墓ですが、江戸時代には庶民に供養や葬儀といった仏事が生活の中に浸透し、同時に石材を船で運搬されるようになったことで、石切り場が無い地方でも石材又は墓石を安価に流通できるようになり、全国的にお墓を建てる風習が広まっていったようです。

このとき世の中的には苗字帯刀(支配者階級と特例で認められた者以外は公で苗字を名乗ることが許されなかった)という縛りはありましたが、墓石に苗字を刻むことは黙認されていたという説もあります。家紋をお墓に彫刻することもこのころから始まったようです。

このように広まったお墓でしたが、この時はまだお墓は夫婦で入るものというかたちで、夫婦墓(その多くは故人の戒名を墓碑の正面に彫られていた)が多く建てられていました。

明治中期以降からは家制度が確立され、このころから「○○家之墓」や「先祖代々之墓」、浄土真宗であれば「倶会一処」といった題目を刻むかたちへと変わりそれと同時に建立日・建立者名・故人の命日や俗名といったそのお墓に関わる人達の情報が詳しく刻まれるようになったようです。

お墓に限ったことではありませんし、当たり前のことなのですが、先人たちは政治や生活環境の変化によって、考え方やそのスタイルを見直してきたのがわかります。今後も起こるであろう変化にも適応・順応できるようにアンテナを張って頑張ってゆきましょう。

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やまと石材

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