やまとのスタッフブログ

お墓のかたち①


陽光が恋しくなる寒空が続いておりますが、
たまに見る星空で深呼吸をすると寒さの中にも清らかな空気を感じることができます。そんな気がします。

 

さて、今日は来る春に向けて、歴史から現在のお墓の形となった経緯を読み解いていこうと思います。

旧石器時代以降、死者は様々形で埋葬されてきました。
縄文時代や弥生時代よりあとには皆さんご存知と思いますが、古墳が造られるようになります。一般的には3世紀から7世紀までの間に古墳文化が栄え、墳丘墓(死者の上に土あるいは石を積み重ねて丘のような形)と呼ばれるお墓もあらわれました。この墳丘墓は日本だけではなく世界各地域で発見されており、その多くは古代の王あるいは権力者が埋葬されていることが多いようですが、庶民が葬られたと思われる小型の群集墳と呼ばれるものも発見されています。

 

平安時代には、仏教に基づく供養塔、五輪塔や宝篋印塔、宝塔、多宝塔、層塔などが建てられるようになりました。

 

その後鎌倉時代から室町時代にかけて、仏教の宗派の一つ禅宗の到来とともに位牌や戒名が中国から伝えられます。その影響からか、位牌の形をした板碑や現在の墓石に近い角柱型のものが広まったとされています。

 

戦国時代には庶民が墓石を建てる習慣が始まり、江戸時代になると檀家制度や先祖に対する供養や葬儀などの仏事が定着し、それに伴い石材の流通が活発になったことで、現在の様な日本全国で墓石が見られるようになったとされています。

 

おおよそここまでが原型までの歴史となります。私たちが良く知るお墓の形になるまで、何千年もかけてお墓のありかたや形状は変化してきました。最近多く見られる洋型や永代供養墓など、形や様式はまだまだ変化していきそうです。

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