やまとのスタッフブログ

新人研修と三内丸山遺跡


こんにちは営業の川原田です。

 

先日から新人研修を行っております。

とても若くてフレッシュな新人が入社しました。

 

真剣に耳を傾けている姿勢や眼差しに

我々も多少照れる瞬間もあり、新鮮な気持ちになります。

 

3ヶ月の研修を行う予定ですが

〇〇さん、頑張ってくださいね!

 

私は以前、日本一のお墓の先生でもある

石文化研究所の小畠宏允先生の勉強会に第一期生として参加しておりました。

 

小畑先生

◇小畠宏允先生。講義風景写真。

 

今でも忘れはしない入会当時の課題図書が

いきなり「プラトンの哲学」です。

 

おそるおそる読んでみると

これは日本語か?と混乱したほどです。

 

その後もソクラテスからカッシーラまでたくさんの哲学者たちが

お見えになり、まさに頭から湯気状態でした。

 

その勉強会も約10年程参加させて頂きました。

 

時より当時の資料を読み返してみると

お墓の意味そしてお墓の大切さをあらためて考えさせられています。

 

 

 

小畑先生2

◇小畠先生との2ショット写真。

 

その勉強会の中でとても印象に残っているのが

青森市の「三内丸山遺跡」です。

 

実はこの三内丸山遺跡は、日本人のお墓のルーツ(原点)と

いってもいいくらいの遺跡として考えられています。

 

え?そうなの!と思われた方もいるかも知れません。

 

そこで今回は新人研修のテーマの一つでもある

「お墓の原点」三内丸山遺跡の紹介をしたいと思います。

 

 

小畑先生4

◇見張り台、天文台、神殿などの説があるが!?。

 

三内丸山遺跡は縄文時代の遺跡です。

縄文時代に、ここに住んでいた人々の集落の跡が残っていました。

 

そんな三内丸山の縄文人は、海から村落へと続く道の両側の斜面に

向き合ってたくさんのお墓をつくっていたのです。

 

遠く離れたところでなく村に入るときに

必ずそのお墓の前を通るところに埋葬していました。

 

そしてこれは海から交易品や、魚介類の食料を村に運ぶ際に

お墓に捧げたり報告したのではないかということです。

 

 

 

小畑先生3

◇縄文人にとってお墓は生活の一部だったんですね。

 

「こんなすばらしいヒスイや黒曜石がきたよ」

「今日も豊魚だったよ」とまさに

 

現代のお墓と同じようにお墓に語りかけていたのですね。

 

また大人のお墓とは別に、子供のお墓を自分たちが暮らす

家のすぐそばにつくっていたそうです。

 

その光景からは縄文人の愛情がみえてなりません。

縄文人はとても亡き人を大切にし、亡き人を敬っていたのですね。

 

長くなりましたが

これが三内丸山遺跡がお墓のルーツといわれる理由です。

 

皆さんもぜひ一度、このような光景を目に浮かばせながら

三内丸山遺跡に足を運んでみてはいかかでしょうか。

 

川原田寿樹

 

やまと石材

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