やまとのスタッフブログ

写経ってな~に⑥


こんにちは
営業の川原田です。

写経ってな~に
の続きです。

 

インドの埋経と日本の経塚

 

当時のインドではお墓にお経を写して納める
風習はひろく行なわれていたことがわかります。

 

それが中国に伝わりやがて日本の平安時代に
始まる「経塚」として独自の信仰が生まれました。

 

経塚とはお経や仏像・鏡などを経筒や経壷にいれて
霊山といわれる山のお堂や石塔の下などに埋めたものです。

 

収められるお経は「法華経」が最も多く
次いで「弥勒下生経」や「阿弥陀経」などがあります。

 

現在全国に560余りの経塚がわかっています。

 

平安時代に経塚を日本へ伝えた天台宗三世、円仁(慈覚大師)が
遺言してつくらせた比叡山横川の如法堂や

 

関白、藤原道長が吉野山の金峰山寺に埋めた金銅製の
「経筒」(国宝)はその代表的なものです。

 

道長の経筒には
「阿弥陀経は極楽往生のため弥勒経は生死の罪を除く・・・」とあり

 

円仁のは
「願わくばこの功徳をもって、あまねく一切に及ぼし
我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」と願文にあります。

 

写経とお墓

 

貴族でなく、一般の人々が写経をお墓に埋めたのは
鎌倉時代からと、私は思います。

 

それは
全国で活躍した「別所聖」や「高野聖」が広めました。

 

私が訪ねた霊場の山寺「立石寺」や鎌倉の「やぐら」
高野山奥の院、弥谷寺「香川」、臼杵石仏郡「大分」などの

 

五輪塔や石仏には小さな穴があり
写経と共にお骨、違髪を納めた跡がありますし

 

室生寺の弥勒堂「奈良」、八葉寺「福島」、山寺などでは
何百、何万基という高さ10cmほどの小さな木製の五輪塔や

 

宝篋印塔に小さな穴があけられ
お経・お骨・違髪が納められているからです。

 

次回につづく

無題
◆日本とお墓シリーズ 写経ってな~に

川原田寿樹

やまと石材

明るく開放的な墓石展示場をもつ青森市で実績No.1のお墓の専門店です。全県同一価格、全て10年保証で青森県内すべて対応。 お墓のことなら、何でもお尋ねください。

やまと石材

関連記事を見る

他の記事を見る