やまとのスタッフブログ

三内丸山遺跡のこと


皆様こんにちは。

やまと石材営業部の宮崎です。

今日は、青森の誇る歴史遺産

【三内丸山遺跡】をちょっと見方をかえて

ご紹介させて頂きます。

 

まず概要から‥

<所在地>

青森県青森市大字三内字丸山

 

<時代等>

縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡

 

<状況>

2000年に国の特別史跡に指定

 

<発掘物等>

遺跡には住居群、倉庫群のほか、シンボル的な3層の掘立柱建物が再現されています。

 

<大きさ>

370000平方メートル(東京ドーム約7個分)

となります。

やはりすごいですね‼️

三内丸山遺跡は、”竪穴式住居”や”六本柱建物跡”、”土器”などが有名ですが、

私がお伝えしたい事は

【日本人のお墓参りのはじまり】が、

三内丸山の縄文人であったという事です‼️

 

「え~、本当?」と思われる方もいらしゃるとおもいますが、本当なのです。

 

三内丸山遺跡が発掘される前までの考古学の常識では、

古代人は、遺体を集落から遠い場所にまとめて棄てていた。

と、考えられていました。

 

何故かと言うと

死というのは穢れであり不浄のものとされていたり

また、遺体からは腐敗した匂いなどの理由から、

(※大まかな理由になります。)

 

「遺体は遠い場所に棄てていたのではないか。」と、されていました。

しかし、三内丸山遺跡がそんな常識をくつがえします。

 

遠くではなく、食料の調達のために必ず通る主要道路の脇に埋葬してあったのです。

更に、まとめてではなく1体づつ丁寧に埋葬していた跡も見つかりました。

それだけではなく、埋葬した所のすぐ近くから

「花」「木の実」「魚」などの骨も出土しました。

 

古代の人が亡くなった遺体を“汚い”や“穢れる”とは思っていなかった。

それどころか、その日とれた食料を亡くなった方に対しお供えしていたのです。

きっと古代人も現代の私たちと同じように

「じいちゃん今日も沢山獲れたよ !」

などと話しかけながら、お供えしていたのではないでしょうか?

 

古代人も現代人も亡くなった方へ対する思いは、

何一つ変わらないのだなぁ~と、想いながら三内丸山遺跡を見ると

少し違う景色がうつるのではないでしょうか?

 

尚、三内丸山遺跡は2019年の4月から有償化が決定しています。

(モチロン優良でも見る価値があります!というか今まで無料だったのが不思議です。)

ご覧になる場合は是非お早めに!!

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※今回の内容は

石文化研究所所長 小畠宏允(おばたひろのぶ)先生のお話を参考に致しております。

 

 

 

 

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